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朝日新聞 2004年7月5日より
「もう、自分の歯では一生かめないと覚悟していた。久しぶりにかみしめる実感を味わうことができ、幸せ」
東京・銀座の貴和会銀座歯科診療所で治療を受けた会社役員(62)は笑顔で話した。別の歯科医院で作った入れ歯
ではかみにくく、残った歯もぐらぐらする。違う治療法があると聞き、99年秋、この診療所を訪ねた。
「よくこれほど骨がなくなるまで我慢していましたね、という感じでした。重い歯周病で、抜かなければ
ならない歯が7本もありました」と小野善弘歯科医師は振り返る。歯を支える歯槽骨(あごの骨)や
歯根膜を再生、
隠れていた「親知らず」を1本動かすなど、大きな手術を3度。そして、歯槽骨に金属を埋め込み、
いったん抜いた自分の歯を固定するインプラントを4本。丈夫な歯を利用するブリッジの歯も作った。
診療所内の専門歯科医が協力、今年5月、4年半余の治療を終えた。
歯周病が重くなると、歯槽骨が侵食され、歯肉(歯ぐき)は後退していく。歯を抜かない場合でも、インプラント
にする場合でも、歯槽骨がどの程度残っているかが大事だ。
一度失った歯を元に戻すのは難しい。だが、吸収性のある生体親和性膜や、ブタの歯胚(はい)(歯の元になる組織)
から取り出したエナメルたんぱく質を手術で歯根部に埋め込むことで、骨や歯肉をある程度再生できるようになった。
最近は、自分の血液から主に組織の増殖因子だけを取り出した多血小板血漿(けっしょう)(PRP)を患部に注入し、
歯や組織の再生を促そうという試みも始まっている。
インプラントは日本では10年ほど前から普及し始めた。「技術的には確立した治療法」と東京医科歯科大学の
石川烈教授は言う。ただ、歯周病の再発などで再治療しなければならない例があり、訴訟も起きている。
歯周病の原因菌をきちんと取り除かず、治療が不十分なままインプラントを実施すると、歯周病が再発し、
インプラントを抜くしかなくなる。十分経験を積んだ医師が治療に当たらなければいけない」と石川さん。
銀座歯科診療所の小野さんは米国の研修機関を参考に、他の専門分野の歯科医と共同で研修所を開き、
インプラントを含め歯周病全体の治療方法を教えている。受講者は過去17年間で3500人に達した。
日本歯周病学会は現在約6000人の認定医を、ウエブサイト(http://wwwsoc.nii.ac.jp/jsp2)で公開している。
重症の人は、こうした専門家を受診するのが望ましい。
大きな問題は医療費だ。
冒頭の会社役員は医療保険が利かない自由診療で、500万円を超えた。インプラントを3本入れ、骨の再生手術
を受けた千葉県の会社社長(53)の場合は、約200万円かかった。誰でも受けられる治療ではない。
歯を取り除くための外科治療や入れ歯などは、基本的に保険が利く。歯の再生治療やインプラントは保険外なので、
負担が高額になる。主な大学病院では、高度先進医療として、歯の再生治療で医療費の一部が保険で認められるが、
それでも材料費だけで数万円かかる。石川さんは「重症になってから最適な治療を求めると、多額の医療費という
現実に直面する」と指摘する。制度が変わらない限り、費用の悩みは尽きそうにない。
自分の歯で生涯食べられるようにと、旧厚生省と日本歯科医師会が80歳でも20本の歯を残す「8020運動」
を提唱したのは89年。当時、実態は8004程度だった。15年で8007程度まで向上したが、8015程度といわれる
米国には遠く及ばない。50歳を超えると7〜8割の人が抱えている歯周病(厚生労働省歯科実態調査による)が元凶だ。
石川さんは「日本では重症になってから治療を受ける傾向が強いが、米国のように予防、初期治療にもっと力を
入れるべきだ」といっている。